パース生活を経て、再び過ごした日本のこと。

あっという間に、3月!

いつの間にか、パースで過ごす私達の2度目の夏は過ぎ、秋へ向かっています。
昼間はまだ暑い日が続いていますが、朝はかなり気温が下がるようになり、肌寒くさえ感じるようになりました。

相変わらず毎日がどんどん過ぎて行きますね。

さて、話はさかのぼります。

 

一年で一番長い、夏のスクールホリデー。
今年、私達家族はそのホリデーを利用し、1週間ほど日本に一時帰国することにしました。

・・・いえ、あのドタバタの引っ越し直後に行きたくは、なかった。。。

確か、昨年の10月くらいに飛行機のチケットを予約し、向こうで訪れる予定の親族と色々打ち合わせていました。
その後、急に引越しが決まっちゃったのだから、しかたがない。

好きで無茶してるわけではありません(笑)

目的は、運転免許の更新や、銀行口座の解約など、日本で近いうちに手続きを済ませたいものがいくつかあったことと、兵庫県明石市に住む夫の家族に近況報告を兼ねて会うことでした。
特に、お義母さんが最近、ちょっと体調が思わしくない、という話を聞いていたので・・・
お義父さんは一度、パースに来てくれたことがありますが、お義母さんは飛行機がキライなので、海外に行くことができません。
成長著しい孫たちと、もう2度と会えない、、、と寂しがっているんじゃないかと思い、こうしてまた会うことができるとわかれば、気持ちも少しは明るくなるかな?という思いもありました。

私達家族にとっても、久しぶりの日本。

パースで1年9ヶ月暮らした私の目に、40年近く住んだ母国日本は、どう映ったか・・・

書いておこうと思います。

 

大阪の駅。子どもの居場所。

関西国際空港(KIX)に到着したのは夜。
その日は空港からすぐのホテルに宿泊し、翌日、関空から電車で明石へ向かいました。

途中、梅田で駅を出て、ある銀行の窓口へ行き、さっそく大きな用事を一つ完了し、ホッとしましたが・・・

梅田駅周辺は、とにかく、ものすごい人、人!!

平日の午前中だったので、通勤・通学の方々が大半のようでしたが、本当に圧倒されました。
人というより、波のよう・・・押し寄せては過ぎていく。
私達は、大きな荷物を抱え、場所も不慣れなので、指示板を見ながらうろうろ。
息子もあちこちに興味津々で、歩くことに集中してくれません。
けれど、危ない。
本当に危険を感じるほどでした。
何しろ、皆が皆、ものすごい勢いで突き進んでいる。。。

実際に息子がちょっとフラフラして歩行者の行く手を遮ってしまった時は、舌打ちしたり、危なっかしいしぐさで通り過ぎて行く人もいました。
なんだかすごく周りの人に申し訳ない気分になったし、子どもを連れて来てはいけない場所のように思いました。

もうこの時点で、私達はぐったり・・・まだ日本に来たばかりだというのに!!


滞在中、何度か電車に乗りましたが、大きな駅では常にこういった思いをしました。

また、駅だけでなく、電車の中も大変でした。
混雑していたし、息子を大人しくさせておくのに苦労しました。

そんな中気になったのは、電車の中でのこと。
あるお母さんが子どもに、ひっきりなしに「シーッ!」と言っていたことです。
でも、子どもと言っても、言葉もしゃべれないくらいの、小さい子。
(たぶん。姿は見えない位置だったのですが・・・)
それでも、ちょっと「あー」と言っただけでも、お母さんは「シーッ」と言って、子どもを大人しくさせようとしていました。
叫び声とか泣き声ではまったくなくて、私はうるさいなんて全然思わないくらいの声。
でも、私はそのお母さんがどんな気持ちでいるのか・・・を思い、なんだか切なくなりました。
私もかつては同じだったから。同じ中で子育てをしていたから。

「子どもを電車の中でうるさくさせてはいけない」って、どの程度のことなんでしょうね?
公共の場所で「子どもがうるさい」ということが、日本の社会の中では大変嫌われます。そしてその原因が「母親(父親は?)のしつけ・管理がちゃんとしていない」ということに帰結される場合が多いように思います。
親もわかっているんですよね、当然。
小さい子の声は甲高くて目立つことも、子どもは興奮するとつい声が大きくなってしまうことも、やめさせようとキツク言うとかえって泣かれてしまい、逆効果になることも・・・
また、『子ども』、と一口に言っても、1歳2歳くらいの子は、周りの迷惑とか、理解するのは難しいんじゃないかと思います。
親としても、人に迷惑をかけてもいい、なんて思っていなくても、いつでも子どもを完璧にコントロールし切れるわけじゃないんですけどね・・・。
きっと先のお母さんは、苦しいほど「子どもをうるさくさせてはいけない」「周りに迷惑をかけてはいけない」というプレッシャーを強く感じていたんじゃないか、、、なんて思いました。

ちなみに、私は普段はあまり電車に乗りませんが、パースでこんな経験をしました。
パース・ロイヤル・ショウという、1年に1度開かれるレジャーイベントに、子ども達を連れて電車で行ったことがあります。
帰る時、ちょうど帰宅の通勤時間と重なってしまい、電車は結構混んでいました。
私達は明らかに遊んできた帰りなのに、小さい息子の姿をみると、仕事帰りの人達が次々と席を譲ってくれたことを思い出します。
そして、私も「電車の中では静かにしてね」と言い聞かせてはいたのですが、息子が静かに座っていると、周りの人が笑いかけたり、「Good boyねー」と声をかけたりしてくれたのです。
そうなったら、息子も逆にギャーギャー言えない(笑)。
息子は得意げに、電車を降りるまでおとなしくしてました。

電車の中では静かにする、というのは、大切なマナーだし、もちろんパースの親達も「静かにしなさい」と子どもに言います。
(そしてパースの人だって、子どもの声をうるさく感じる人もいるでしょう)
その上で、社会の中で本当に子どもにマナーを身につけさせたいなら、「子どもを静かにさせろ」的なプレッシャーをかけるより、この方がよほど効果があるし、合理的だよなぁー、と思ったことを思い出します。
そして、仕事帰りにも関わらず、パースの人達の対応に、余裕みたいなものを感じ、驚いたのでした。

私は今回改めて日本で、このことを思い出し、そして逆のことを感じました。
人々が、常に急がなければならず、疲れ過ぎているように見えました。
まぁ、私もかつて、その中にいたのですよね。。。


でも、今回日本でも、混んでいる電車の中で、息子に席を譲ってくれた若い男の方もいましたよ。
日本の人達だって、親切で思いやりを持った人はたくさんいます。
一人一人は、優しい心を持っているはず・・・でも社会というまとまりの中では、そういう個々人の持つ素直な優しさよりも、「標準」に合わせて自分を追い立てる方が勝ってしまう、、、そんなふうに思いました。

なぜそのような圧力が生まれてしまうのだろう・・・ということを考えさせられました。




 osaka

車窓から大阪の街並みを眺める息子。


日本にいる身近な人達へ、海外からできることは



それから一週間ほど、明石にある夫の実家を拠点にしながら、あちこちへ移動しつつ過ごしました。
夫の両親や兄弟家族と久しぶりに会い、皆で楽しいひと時を過ごしました。
特に、子ども達は自分の学校の話をじいじとばあばに説明するのが、うれしくてしかたなかったようです。
息子は、昨年のkindyで行ったクリスマスコンサート(関連記事)のDVDを持って来て、それを得意げに見せていました。
娘も、自分の卒業式(関連記事)のDVDを見せて、色々と説明をしていました。

きっと両親には、パースでの生活や学校生活がどんな様子か、想像もつかないと思いますが、子ども達が元気にハツラツと過ごしていることがわかってもらえたんじゃないかなー、と思っています。
それが私にとっても、何よりもうれしいことでした。


元々私達家族は、長い間夫の親と離れて暮らしていたので、1,2年会わないことなど珍しくありませんでした。
それでも、海外というのは距離を感じさせてしまうのだろうか。
特に、若い頃とは違い、歳をとって健康に不安を感じるようになると、人は気持ちも弱くなってしまうものかもしれません。

私達は、パースで大変ながらも充実した生活を送っていると言えます。
けれども、お義父さんお義母さんには、何もしてあげられないのでは・・・と、ちょっと申し訳ない気持ちも感じていました。


ところで、ちょうど滞在期間中に、日本人の2名の方が、『イスラム国』で人質となったというニュースが流れました。
私達は、テレビでそのニュースを知りました。
その後、パースに戻ってから、大変痛ましい結末となったことが報道され、日本人として非常に心苦しく、悲しい気持ちになりました。
さらに、「日本」と名指しでテロの標的にすると宣言されたことは、やはり日本人として心穏やかではいられないですね…。

そのNHKニュースをテレビで見ながら、お義母さんが「イスラム教はコワイね。」とポツリと言いました。
たぶん、何気なく言ったのだと思いますが。
その時、夫が、

「イスラム教とイスラム国は違うよ。パースでもイスラム教の人達はたくさんいるし、友達や知り合いにもいる。みんな親切でいい人達だよ。イスラム教だからコワイ、って言うのは違う。これ(人質事件)は彼ら(イスラム国)がやっているだけだよ。」

と言いました。

私も同じことを思いました。
夫は、基本的に親の言動について批判する、ということはめったにしない、本当に穏やかな人なのです(笑)。
でも、やっぱり黙って聞き逃せなかった、、、と、後で言っていました。

私は、お義母さんのようなことを感覚的に思う人は、実は日本では多いんじゃないか・・・なんて思いました。
日本では、日本人以外の人と接する機会がほとんどないし、イスラム教のことをよく知らない。
中東系の衣装を着た人が残酷なことをする映像を見たら、それはそのまま、「イスラム教は・・・」という話になってしまう。

私自身も、世界のことなどよく知らないし、イスラム教のこともよく知りません。
だから正直、詳しい歴史とかイスラム教とはどういうものか、を説明できるわけではありません。

けれど、パースではイスラム系のモスクもあるし、中東から来ている移民の人達はたくさんいます。
実際に、子ども達のクラスメイトにもいます。親と話をすることもありますが、親しみ深く、気遣いがあり、温かみのある人達です。

私自身が実際に見たり経験したこととして、あのようなイスラム国の映像を見て「イスラム教=コワイ」というのは、どうしても違うのです。
どうしても、それは違うんです。

便利な情報や目を引く映像があふれている情報社会の中で、ほんの一部分切り取られた、インパクトのあるイメージだけで、物事を判断してしまうことは、実は日常的によく行われる、ごくありふれたことかもしれません。
でもそれではやっぱり、間違ってしまうんじゃないか、本当のことがわからないんじゃないか、、、って思いました。
少なくとも、私達が何か衝撃的な映像やニュースに触れた時、それが極めて断片的な情報であること、そして本当に公正に解釈するにはあまりにも足りない情報であることを、意識しておかなくてはならないんじゃないか、と思います。

そして、私達が日本にいる人達にできること・・・

私達自身が海外で見たこと、体験した事、そして気づいたことを、伝えることなのではないか?
こんな世界もあるんだよ。
日本で抱いていたイメージと、実際にはこんな風に違ったよ。
そんなことを。。。

夫の両親は、海外に住むことができない。
でも私達がここでの体験を生き生きと語ることによって、彼らは今までよりほんの少し、海外という場所が近く感じ、違う世界を感じられるんじゃないか。
それは私達が海外にいるからこそ、彼らにしてあげられること・・・なんじゃないかな。

そんなふうに思いました。

 

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 実家のベランダから見た明石の風景。
パースの街並みとは、色彩も構図もずいぶん違う・・・



義母は、息子と会話していたおかげで英語がずいぶん上手くなりました(笑)。
また、娘は、歴史に詳しい義父に名古屋に連れて行ってもらい、あこがれの『名古屋おもてなし武将隊』に会うことができました。

また、子ども達は、夫の弟家族のいとこ達に会えたことが、とてもうれしそうでした。
みんなで岡山へ小旅行に行き、家族として共に楽しい時を過ごしました。
限られた時間でしたが、夫の家族にとっても、うちの子ども達にとっても、思い出に残る一週間になったんじゃないかと思います。

滞在の間、私達を温かく迎えてくれ、色々と面倒を見てくれた夫の家族に、深く感謝しています。

(つづく)

 

 

 


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Chieko
2013年より、西オーストラリア・パース在住。
7歳の息子、15歳の娘、夫と4人暮らし。

オーストラリアをテーマにしたライター。得意分野は、食、生活、子育てに関すること、子連れでの観光・旅行(キャンプ)。
趣味は料理・ガーデニング・DIY・音楽。

オーストラリア生活で私が学んできた英語のことと、大人の英語勉強法についてつづるブログ「話す英語。暮らす英語」も更新中。

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