秋のスクールホリデーに家族ででかけた、ノーザンプトン(Northampton)のお話、後篇。
前篇は、『何もない』町にあったもの・・・西オーストラリア中西部で過去をめぐる旅(1)
今回はその続きです。
小さな町でのキャンプのようす、そして思ったこと。
ノーザンプトンから足を延ばして・・・
前回の記事で、ノーザンプトンの町の中で訪れた場所を書きました。
でも、これらは小さな町の中に集まっているし、それほど長い時間をかけて見るものでもないので、正直言って半日も経たずに全て見終わってしまったんですね(笑)。
そこで、ちょっと町から出たところにも訪れてみました。
◆Oakabella Homestead
ノーザンプトンから18.5km南に戻ったところにある、Oakabella Homestead。
なだらかに広がる丘と、ただひたすら広い草原のただ中に、ポツンとある、このオーカベラ・ホームステッドは、1851年に建てられたそうです。敷地内には13のコテージルームと、キッチン、教会、羊の毛を刈る部屋、納屋、などがあります。
この場所のマネジャーを行っているロレッタさんは、強い縁を感じてオーカベラ・ホームステッドにやってきて以来、20年もの間、修繕や掃除、手入れを行いながら、献身的にこの場所を維持管理してきたそうです。この建物群は歴史的価値を認められ、ナショナル・トラストによって文化遺産の認定を受けているそうです。
このオーカベラ・ホームステッド。歴史的建造物、というだけでなく、心霊スポット(という言葉がふさわしいかわかりませんが・・・)としても有名なんだそうです!
一人$10のツアーに参加すると、ロレッタさんがこれらの建物の中を案内してくれるそうですが、そこでさまざまな心霊現象(?)に遭遇するかも?ということ。ここには、事故や病気で亡くなった人々のストーリーがいくつもあるらしいんです・・・。
どんなところか、知りたい方は、下記を読んでみてください(英語、写真あり)。
Oakabella Homestead: haunted house?:WAtoday
Ghosts and guests: managing two worlds at the Oakabella Homestead:ABC Midwest
私も夫も、こういうのはちょっとニガテなんですが・・・(汗)
オーカベラ・ホームステッドには、カフェが併設されており、ロレッタさん自らが作るスコーンがおいしい、とネットで見たので、ランチ代わりにそれを食べようと、行ってみました。どんな場所か興味もあったし。
ロレッタさんが私達を出迎えてくれましたが、なんと会話を始めてすぐに、「君の名前は・・・○○ね?」と、息子の名前を当てたんです!
す、すごい・・・第六感・・・!?
それとも、何か(誰か)いるの・・・!?
スコーンは、オーストラリアらしくなく(笑)、甘さ控えめの素朴な味でおいしかったです。が、、、ロレッタさんのみごとな息子の名前的中で、夫も私もソワソワ・・・怖がりの私達には向かない場所だったようです。
食事を終えて、外の景色だけちょっと写真を撮りました。
建物には興味あったけど、やっぱり怖くて見ずに帰りました(汗)。
景色は本当に美しかったです。
興味のある方は、訪れて見てはいかがでしょうか。。。
Lot 4 Starling Road, Oakabella, Northampton WA 6535
(08) 9925 1033
OPEN DAILY 9:00-16:00 (2月休業)
◆Horrocks beach
ノーザンプトンから約20km、インド洋に面したビーチです。
こちらも、ひたすら広がる草原の中を、西へ向かいます。
丘を下ると、海が見えてきた!太陽の光にキラキラ輝く水面がまぶしい。
ホロックス・ビーチまでいくと、住宅(別荘?)があり、ノーザンプトンの中心部よりも人がたくさんいたのに驚きました。
ここにもキャラバンパークがありましたが、こちらの方が断然にぎやかだった!
なめらかな砂のビーチが広がり、秋も半ばだというのに、まだまだ全然余裕で泳いでいる人達がいっぱいいました。
桟橋もあって、釣りをしている人もいました。
やっぱりオーストラリアの人は、ホリデーを過ごすならビーチを選ぶんだな~(秋でもね!)という感じでした。
私達は水着なんて持っていなかったので、ちょっと散策して帰りましたが、美しい景色に目が癒されました。
キャンプはどうだったか?
で、目的のキャンプは、どうだったかというと・・・。
私達は今回、キャンプサイトも、場所だけ調べておいて、予約などはしていきませんでした。
西オーストラリアは、すごい田舎の小さな町でも、こういうキャラバンパークだけは、どこに行ってもちゃんとあります。
食糧とテントさえ持っていれば、よほど繁忙期の観光地でなければ、寝泊りする場所に困ることはなさそうです。
今回ノーザンプトンの中心部に到着したのが夕方で、ビジターセンターもすでに閉まっていたため、ちょっと焦りましたが・・・
ビジターセンターのすぐ隣、幹線道路沿いにキャラバンパークがあったので、そこに泊まることにしました。
Northampton Caravan park。すぐに受け入れてくれました。
さっそくテントを建てて、ここで2泊しました。
キッチンも使いやすかったし、水洗トイレ、温水シャワーも完備。
水場(飲めるかどうかは不明)も近くにあって、使いやすかったです。
下も芝生で、朝晩は程よく日陰になり、わりと快適に過ごせました。
夕ご飯は、簡単ツナごはん(レシピはこちら)&適当バーベキュー、など。
簡単な食事でも、外で食べるとおいしいみたいで、家族みんな大盛り上がりでした(笑)。
それにしても・・・人が少ない!!
まあおかげで、私達はのーんびり、広々とスペースを使えて、すごく助かりましたが。
ここは、前回の記事で書いた通り、西オーストラリア中西部の要となる町ジェラルトンから、北部を結ぶ道の途中にあります。そのためノーザンプトンは、ジェラルトンより北と、パースを行き来する人達が、旅の途中で休憩するポイントなのでしょう。
逆に言えば、私達のように(笑)この場所そのものを旅の目的として来る人なんて、ほとんどいないんじゃないかなぁ・・・と思いました。
私達と同じタイミングで初日にキャラバンで泊まった家族連れも、翌日の朝早く出発していきましたから。
南北を結ぶNorth West Coastal Highway(1号線)のちょうど道沿いにあるキャラバンパークなので、そんな長旅の途中に立ち寄るには本当に便利なロケーションだと思いました。
ただ、難点と言えば、それゆえに、騒音がちょっと気になりました。
ロードトレイン(荷台が連結した大型のトラック)が夜中もわりと通ったため、特に土曜日の夜はたびたび目を覚ましてしまいました。
ノーザンプトンの町には一軒、IGAというスーパーマーケットがありますが、土曜日は午後4時、日曜日は午後1時で閉店してしまいます。
この時間を逃すと、キャンプに必要な食材などは一切調達ができないので、注意です。
また、数少ないお店も、日曜日はほとんどが閉店。
本当に、ちょっと大きな町から離れると、こういうことは珍しくありません。
西オーストラリアの田舎では、とにかく計画的に、そして午前中に用事を済ませることが大切ですね・・・。
キャンプに関しては、期待通り、雨に降られることがなかったので、それが何よりよかったです!
Northampton Caravan Park
0439 979489
日本とオーストラリア、歴史に対する思いの違い
ノーザンプトンは、遠くまで来た割には、これと言って人気の見どころがあるわけでもなく、何もない・・・といえばそれまでかもしれません。
けど、個人的にはこういう、何の見どころもない旅、というのも好きです。
普段の旅行では、あれこれと計画に追われてしまいがちで、あっという間に時間が過ぎてしまいます。
でも、今回は見に行く場所があんまりなかったから、逆に時間に追われることなく、家族でゆっくりキャンプを楽しむことができました。
また、人気の観光スポットに目が奪われなかったゆえに、この町の小さなユニークさを見つけることができたように思います。
観光案内や宣伝ではわからない、そこに行ってみなければわからない、そんなものを・・・。
ノーザンプトンは、マイニングで栄えた町ということですが、地面が赤茶色で、あちこちに鉱石?のようなものが落ちていました。
息子が、この石を拾い集めるのに夢中になっていました。
チバートン・ハウス博物館のおばあさんが、(白いのは)クォーツの一種だよ、と言っていたけど、本当かな?
でも確かに、キレイ。
そして、最後に思ったこと。
ノーザンプトンは西オーストラリアの中では初期に誕生した、入植の歴史を保存したいわゆる古い町です。
古いと言っても・・・この町が誕生した時期は、日本で言えば、江戸時代の末期なんです。
私は逆に、日本の歴史がそれはそれは長いことを、思わずにはいられませんでした。
日本には、何百年、あるいは千年以上前に建てられた建物が現存しているし、当時の物や記録がわずかながら、今も保存されている。
それってすごいことだなぁ、と改めて思いました。
なんていうか、やっぱり日本とオーストラリアの歴史は、その重みが比べ物にならない、と思いました。
一方で。
今回もそうですが、私がたびたびオーストラリアの歴史に触れて感じることは、本当に主観的なことですが、オーストラリアの人達は自分達の歴史というものに、強い誇りやレスペクトを感じている、というようなことです。
オーストラリアの歴史の発端には、最初にこの大陸にやってきて、町を築き農地を築き、資源を発見していった開拓者達の存在がある。
彼らの行動・苦労・努力・知恵がなかったら、今のこの国、今の自分達の存在はなかった・・・というような気持ちがあるのかもしれません。
もちろん、それ以前の長きに渡って、ひっそりと自然の中で生きてきた原住民(アボリジニ)の人々の歴史があるはずで、その人達の生活を非道に奪ってきた過去もあります。オーストラリアの短い歴史は、決して輝かしい面ばかりではなかったはずですが。
ただ一つ思うのは、過去の先人の多大な苦労があったからこそ、今があるのだ。・・・常にそういう過去に対するレスペクトが、オーストラリアの歴史を見る視点の中に、根底に流れているような気がします。
逆に、日本は長い歴史を背景に持ちながら、そんな風に思うことって、あんまりないような気がします。
私達は、この土地に生まれたと言うだけで、豊かな歴史や文化の遺産を当たり前のように受け継ぎ、自分が日本人であることも、今の暮らしがあることも、当然のように受け取っている。
長く深く蓄積された歴史の先端に生きている、ということについて、当の私達自身は驚くほど無頓着だよなぁ・・・
なんて、ふと思いました。
今、日本食や日本の歴史・文化が世界から人気だ、ということで、「日本は素晴らしい!」「クールジャパン!」と喜ぶのが日本の一部マスコミ等で流行っているようですが、それはオーストラリアで感じるような『過去に対するリスペクト』とはちょっと違ったもののように、私は感じています。
日本の歴史・文化を、経済や話題に利用してるだけ・・・過去が与えてくれた貴重な財産を、ただ消費して自画自賛しているだけ、と言えなくもないのでは。
たとえば、伝統ある日本食を本当に愛するなら、その食材を生み出す自然環境を守っていくことが大変重要ではないかと思うけれど、そういったことよりも、実際には「今お金になる」ことの方が圧倒的に優先されていますよね・・・。
私自身は、殊更「日本人」であることに誇りを感じたり、子どもにそうした認識を持たせよう、という思いは、正直ないんですが。
ただ、過去の歴史に触れることで、今の自分が置かれた状況をより深く理解できるようにはなるんじゃないか、と思います。
また、今自分が生きているこの世界が、今生きている自分達だけのものではないんだ、という認識を持つことも、とても大切なことだろうと思います。