先週の10月19日、パース領事公邸で、福島県の観光・物産セミナーが行なわれました。
在パース日本領事館、福島県、および福島に本拠地を置く東邦銀行が主催となり、オーストラリアの人達に福島県の観光や県産品をアピールするという目的のセミナーです。
いつも連載でお世話になっている、豪NZ農畜産業情報誌「ウェルス」の担当者から、取材の提案を受けたので、行って見ることにしました。
私が興味を持ったのは、なぜオーストラリアでこのような福島県の観光・物産PRのセミナーが企画されたのか?ということでした。
特に、オーストラリアの流通と言えば、メルボルン・シドニーなどの大都市がある東側が中心です。
日本からの直行便もないパースで「福島県」のPRをすることになったのはなぜか、興味がありました。
また、原発事故から5年半近く経ちましたが、その影響と関連があるのだろうか?ということも気になりました。
今回は、パースで見た福島県PRのようすを報告します。
オーストラリアと福島の関係は?
主催者によると、今回のセミナーには約50人が来場したそうです。
特に、日本食材に興味があるレストランやホテルのシェフ、日本や福島県にゆかりのある人達、食品業者などが多かったそうです。
今回パースでこのようなセミナーを実施したきっかけを主催者に伺ったところ、オーストラリアで大規模展開している日本食材販売会社「ジュンパシフィックコーポレーション」のオーナーが、福島県ゆかりの方だそうで、福島県産品をオーストラリアへ広めることを積極的に支援しているようです。
これまでは、台湾・タイなど、東南アジアへのPRに力を入れてきたそうですが、ジュンパシフィックコーポレーションの強い力添えを受け、オーストラリアへのPR拡大を行えることになったとのこと。さらに、オーストラリアで日本食が人気なことや、スキー目的で日本を訪れる人が多いことから、福島PRのセミナーを企画した、とのことでした。
また、昨年パースで開かれた「ホスピタリティEXPO」に福島県の企業がブースを出したところ好評だったこともあり、在パース総領事の助力もあって、今年はパースで単独PRを開催することになったそうです。
オーストラリアに福島の食材を輸出するにあたって、放射能に関して基準や検査を厳しくするなどの制限はあるのか?と主催者の方に伺ったところ、他国ではそういうところもあるが、オーストラリアは放射能検査に関しては何も必要ない(日本の基準でOK)、とのことでした。
特にアピールされていたこと。
セミナーでは、県の担当者による説明が行われました。
今回のPRの大きな目的として、「観光」と「物産」の二つがあるそうです。
観光については、特に力を入れていたのが、会津地方のスキー場についてでした。
実際に、オーストラリアの人にとって、夏にスキーやスノボをしに日本へ行くことは、ホリデーの過ごし方としてとても人気のようです。北海道に行く人が多いようです。
今回のセミナーでは、会津地方にはたくさんのスキー場があることや、魅力的な旅館や温泉があること、伝統的な食を体験できることなどが説明されました。
特に「福島は東京からたったの270km」という近距離であることが、アピールされていました。
また、パスポートを提示した13歳から24歳の観光客は、リフトなどの1DAYパスが無料でゲットできるというキャンペーンも行っているそうです。
ぜひ、オーストラリアの人に、福島にスキーをしに来てほしい、ということでした。
また、食品については、原発事故の放射性物質についての説明がありました。
除染の効果により放射線量は減っている、という説明や、日本の食品の基準値(一般食品ではセシウム合計100Bq/kg)は国際的な食品の基準値(CODEXが定める1000Bq/kg)より厳しい、という説明がありました。
※筆者注: CODEXの基準値は、全食品のうち 10%までが汚染エリア由来と仮定されている。
また、野菜・果物はサンプル検査により放射能測定が行われていることや、米はベルトコンベアで全袋検査をしていること、が説明されました。そして現在では、商業栽培されたものについては、基準値を超えるものは0%という説明がありました。
農作物中の放射性物質を低減するための対策として、放射性物質で汚染された表土を取り除いたり、汚染された表土と深部の土を入れ替える方法が取られていること。また、作物が土壌中のセシウムを吸収することを防ぐため、セシウムと同様の動きをするカリウムを土壌に多く入れる(結果、カリウムが吸収されることでセシウムの吸収量が減る)という方法が採られている、などの説明がありました。
このようにして、農地は70~90%がすでに除染を終えている、という説明でした。
特に強調されていたのが、「国の基準をしっかり守っている、基準値以下の物だけが流通している。」ということでした。
話全体を通して、特に印象に残ったのが、
「福島県は、原発事故により深刻な影響を受けたが、この5年間で復興している。しかし間違った情報(風評被害)のために悪いイメージが残っている。そのイメージを払拭し、今の福島の姿を海外の人々に示したい。」
ということを、何度も力強く繰り返されていたことです。
2日後には、シドニーでも同様のセミナーが行なわれたそうです。
生産者の方とお会いして
セミナーでは福島県産の食品や飲料もたくさん振る舞われていました。
お寿司、ラーメン、肉じゃが、餃子、ゆず味噌を使ったステーキ、郷土の豆菓子や和菓子など、どれも海外在住の日本人にとっては魅力的なメニューが並びました。
そして、福島県の事業者が製造した、肉料理のたれ、日本酒、喜多方ラーメンなどがPRされました。
特に人気があったのは、大和川酒造店の日本酒でした。
喜多方にあるこの醸造所のお酒は、地元で生産された100%有機米と飯豊(いいで)山の湧水を使っているそうで、200年以上も続いている酒蔵なのだそうです。全国新酒鑑評会で、2009年から6年連続で金賞受賞という、たいへんクオリティの高いお酒ということです。
たくさんの人が試飲していました。
また、私が話をさせていただいたのは、喜多方ラーメンの生産者さん。
喜多方グローバル倶楽部が作っている「一番星麺」というラーメンが試食に出されていました。
タイなどでは、すでに販売されているそうです。が、今回オーストラリアへの輸出・販売に際し、スープに肉を使うことができないため、しじみのスープを開発したとのこと。
麺は、喜多方ローカル産小麦とオーストラリア産小麦をブレンド。スープは、しじみのダシに、生産者さん自らが作っている日本酒・醤油が使われているそうです。
ノンフライ麺、そしてとんこつを使っていないため、カロリーは通常の半分ということです。
興味深かったのは、喜多方グローバル倶楽部の方々がパースで、とあるラーメン屋さんに行かれたそうです。
そのラーメン屋さんは、日本人が店主の、パースで大人気のラーメン屋さんですが、そのあまりの人気ぶりに驚かれていました。
オープン早々から人が並んでいて、すごかった~、と。
パースはきれいなところで、本当に来てよかった、とおっしゃっていました。
私は思わず「ぜひパースで喜多方ラーメン作ってください!!きっと人気になりますよ!!」と言いました。
私自身、喜多方ラーメンを食べに、何度も喜多方まで行ったことがあります。
すごく懐かしかったです。
オーストラリアのナチュラルなローカル素材を使って、ヘルシー志向のラーメンを作ったら、きっと注目されるはず!
そんなラーメンがパースで食べられたら、夢のようですね。
素晴らしい技術と、良いものを作りたいという情熱。
私はそういうものこそ、海外に輸出してほしいし、きっと世界で認められると思います。
福島の素晴らしい人材や技術が海外で活躍できるよう、支援することも、福島への応援になるんじゃないでしょうか。
今回のセミナーで紹介されていた商品の一部は、今後、ジュンパシフィックコーポレーションの系列店である「フジマート(パース)」や「トーキョーマート(シドニー)」で販売されることになるようです。
「風評被害」とは何か。
何より私が驚いたのは、集まった皆さんの「福島大好き!」という熱い思い。
福島を盛り上げたい!という気迫を感じ、正直圧倒されました。
一方、やはり原発事故というのは、県の農業・観光・物販・・・経済に甚大な影響を与えたということが伺えました。
そこから一生懸命立ち直ろうとしていることが、懸命にアピールされていました。
考えさせられます。
「間違った情報」が福島のイメージを悪くしている、という言葉を聞いたし、「風評被害」という言葉も言われます。
しかし、いまだに福島の産業が厳しい状況にあるとしたら、それは決して根拠のない「風評被害」などではありません。
原発事故は本当に起きたのだし、原発事故によってこのような事態になってしまったことは、明らかな事実です。
今回のセミナーでも説明があったように、食品の測定や、放射性物質を減らす対策は取られています。
しかしながら、国の基準値以下の微量の放射能だとしても、継続的に日常的に被ばくすることや、食べ物や水・空気などによる内部被ばくの影響を心配する意見もあります。
消費者庁の調査では、事故から5年以上だった現在でも、約15~17%の人は福島産の商品購入をためらっているということです。
特に、直ちに健康に影響が出ないとしても、微量の被ばくを積み重ねることによって、何年も経ってから異常が現れるのでは、という不安は、特に子どもの将来が気になる子育て中の親を中心に、完全には払しょくされていないといえます。
福島県では、子ども達の甲状腺がんの調査を行っていますが、原発事故前の知見と比べると、「多発」といわれるほど多くの小児甲状腺がんがみつかっています。これまでは「放射線の影響とは考えにくい」と言われてきましたが、検査を進める中で、現在ではその見解に疑問を呈する専門家も出てきています。
今時点で「安全」と言われても、将来まで考えると、心から安心して選べない、という人もいることでしょう。
私はオーストラリアに来て、遺伝子組み換えやMSG、牛肉のホルモン剤など、国が安全だと言っているものでも消費者が選ばないものはある、と知りました。そして大企業であっても、そうした消費者の選択に応える努力をしていることがわかりました。
また、たとえ健康や安全性だけでなくとも、「動物の福祉に配慮した飼育方法か」「サスティナブルな生産方法か」「環境に配慮しているか」なども、消費者の購買行動を決める基準となっています。
そして、良いものを作る、オーガニック生産者・ローカル生産者の人達を、消費者が守り支えるシステムが根付いています。
そうした視点で見た時、「風評被害」といった言葉で、(商品が売れないのは)あたかも消費者が本当のことを理解していないのが悪い、無知なのが悪い、と考えるのは、適切ではないと私は思います。
消費者はさまざまな観点から、自分が納得したものを購入する権利があり、あるいは選ばない権利があります。個人の選択に対し、他人が価値を差し挟んだり、強制することは、やはり間違っています。
ただ一つ「風評被害」という言葉が正しいとしたら、それは「福島」という言葉だけで放射能汚染の問題をくくってしまうのは間違いだ、ということです。
福島県は広く、場所によっては県内よりも近隣県・関東・東京などの方が汚染が高いケースもありました。これが原発事故の複雑なところであり、福島県「だけ」がすごく汚染されている、という認識は確かに違います。
また、今回のセミナーで、福島県で本当によいものを作ってきた生産者の方々がいることを肌で感じました。
こうした人たちが、本当の意味で原発事故の影響から解き放たれ、報われる日が来てほしいと、心から思いました。
原発事故がなければ、除染や放射能測定などにかかる経費や労力を、本当に良いものを作るために注げたことでしょう。
日本の素晴らしい食文化、丹精込めて作られた食材、伝統的な技術こそ、日本が世界に誇れる宝物だと、海外に来てみて強く思います。
国は、それを育む生産者こそを、しっかりと守っていくべきです。
原発事故が起こってしまったら、そうした人達がいいものを作り続けることすら、今まで通りにできなくなってしまいます。そのことを、福島原発事故から学んだはずです。大きな犠牲を伴って・・・。生産者の人達が安心して、誇りを持ってモノづくりを続けていけるよう、日本の環境を守っていくことこそ、政府は力を注ぐ必要があるのでは。
しかしながら、原発事故以降、日本で合わせて7基の原発が再稼働してきました(定期点検や不具合による停止などで、現在稼働しているのは2基)。
日本の政府は、本当に日本を大切に思っているのか?深く考えさせられます。